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2016.08.25
会社が社長から借り入れた金銭の処理について
-オーナーからの借入金はなぜ生じるのか-
事業会社や不動産所有会社のオーナーが、ご自身の会社に金銭の貸付を行うケースが、しばしば見受けられます。
たとえば、会社の運転資金が不足したとき、銀行に借入を依頼するのが手続き上面倒であると感じたり、借入を依頼しずらいなんらかの事情があれば、数百万、数千万という社長の手持ち資金を会社が借入れ、急場をしのぐといったことが行われます。そのとき、社長からの借入は、会社の貸借対照表上、以下のように表示されます。
会社の貸借対照表
現預金 5,000万円 長期借入金 4,000万円
⋮ 資本金 1,000万円
また、不動産を持つ資産家が、所得税や相続税の対策として不動産所有会社を設立する場合には、ご自身が個人で保有する建物や土地などを新たに設立した会社に譲渡することになります。しかし通常、新設会社に不動産の譲渡対価を支払うだけの現預金はありません。したがって、譲り受けた不動産について本来支払うべき代金を、新設会社のオーナー(=その不動産のもとの持ち主)からの借入金として処理します。
会社の貸借対照表
土地 1億円 長期借入金 1億1,500万円
建物 2,000万円 資本金 500万円
-相続財産として見落とされがちなオーナーからの借入金-
会社が社長から金銭を借入れること自体には、税務上何の問題もありません。
しかし、社長からの借入金といっても、会社にとっては立派な債務です。会社はきちんとした返済計画を作成したうえで、借入金を社長に返済するのが理想的です。返済が困難な場合には、社長に支給する役員報酬を減額するなどして返済資金を確保し、借入金を返済するのも一案ですし、将来起こるだろう社長の相続の際に相続人になる方々等に、社長からの借入金を贈与することも、場合によっては有効な手立てです。
ところが実際には、事業会社であれば、余剰資金をほかの支出に充てたい、不動産所有会社であれば、(そもそも所得分散による節税が会社設立の目的の一つなわけですから)役員にした他の親族への報酬は下げたくないといった目先の希望があります。その結果、社長からの借入金の手当てがなされず、長期間放置されることがたびたび起こります。
こうした事態のままに社長の相続を迎えると、会社の貸借対照表上の「長期借入金」は、社長自身の相続財産として、額面通り相続税の課税の対象になります。当たり前のようですが、この点を見落としている会社のオーナーは以外に多いのです。
相続税の課税対象になっても、会社に借入金に見合うだけの十分な資産があれば、(そして納税資金に充てるだけの現預金があれば)、特段問題にならないでしょう。問題となるのは、長期借入金が社長に返済されることなく、いわば塩漬け状態になった上に、以下のような状況が生じていて、長期借入金に見合うだけの資産がない場合です。
①会社の業績が悪く、大幅な債務超過になっている
会社の貸借対照表
現預金 1,000万円 長期借入金 1億円
⋮
土地 3,000万円 資本金 △ 4,000万円
建物 2,000万円
②資産の実際の時価が簿価よりもかなり低い
会社の貸借対照表
現預金 1,000万円 長期借入金 1億1,500万円
⋮
土地 1億円(時価 3,000万円) 資本金 500万円
建物 1,000万円(時価 1,000万円)
債務超過の状況であったり、土地や建物などの不動産の時価が下がっていたりして、現実には長期借入金の返済ができないのであれば、その借入金に額面通りの価値はないと考えたいところです。しかし上記のような状態で相続が発生した場合、会社が存続している以上、実情に合わせて借入金の相続税上の評価額が下げられることはありません。1億円の借入金は、1億円の相続財産になるのです。
-相続を迎える前に手当てしたいオーナーからの借入金-
オーナーからの借入金を放置したまま相続を迎えてしまったら、その時点で打てる有効な対応策はほとんどないと考えたほうが良いでしょう。
つまり、オーナーからの借入金は、オーナーが存命中にしっかりと対策すべき問題なのです。
既にご紹介した通り、①早い時期に返済計画を策定して返済を行う、②法人税と所得税の税率から生じる損得を検討したうえで、給与の額を引き下げて借入金の返済に充当する、③贈与税の税率や事業の将来性などを精査したうえで、計画的に相続人等に贈与を行うことなどが、地道で計画的な対策として、まず考えられます。
しかしこれらの方法で対応するのが、期間的、金額的な理由などから困難な場合には、①可能であれば会社を清算する、②借入金を資本金に振り返るDebt Equity Swap (DES)を行う、③事業再編を行う等、荒治療ともいえる手法を検討することが必要になります。
これらの手法は決して言うほどに簡単ではありませんし、実行の仕方によっては税務当局から租税回避の疑義が生じるリスクもあります。事業内容や相続までの期間等の諸事情を考慮し、慎重に行う必要があります。特にDESに関しては、本来は事業再生のための手法であるものを、単に相続税対策として利用することを煽るような事例も散見されます。高度な知識のみならず良識をもった判断を重ねることを要する手法ですので、信頼できる税理士をはじめとした専門家のコンサルティングのもとに、慎重に実行していただきたいものです。