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2018.11.21
ニュースの中の税金①
カルロス・ゴーン氏と日産の事件
一昨日逮捕されたカルロス・ゴーン氏の事件が話題になっています。罪状は有価証券虚偽記載ということですが、この件について税務の面からすこし検討をしてみたいと思います。
①ゴーン氏が日本で納付すべき税金
日本の所得税法では、個人の納税義務者を大きく「居住者」と「非居住者」に大別したうえで、それぞれについて課税の範囲を規定しています。
まず居住者とは、「国内に住所を有し、又は現在まで引き続き1年以上居所を有する個人」です。ここでいう住所とは「生活の本拠地」という意味であり、居所とは生活の本拠地とは言えないまでもそれに準ずるものということです。また非居住者とは、「居住者以外の個人」と定められています。
ある場所が生活の本拠地かどうかは、実質的にいろいろな側面から判断するのですが、ゴーン氏は、日本には一か月に一週間程度滞在していたとのことですし、ご家族もフランスにお住まいですから、日本に「住所」や「居所」があったとは考えにくいでしょう(日本に着任した当初は、これと異なる状況であったかもしれません。あくまでもここ数年の状況に基づく判断であることをお断りします)。
一方、活動が複数の国にまたがる個人については、「どの国で何に対して(どれくらい)課税を行うか」を租税条約で規定し、国家間に配分される課税権を明確にし、かつ、同一の所得について両国で二重課税が行われないようにしています。日本は多くの国と二国間租税条約を締結しており、フランスもその例外ではありません。そして条約と国内法で異なる定めがある場合には、条約が国内法に優先して適用されますから、ゴーン氏の居住者該当性についても、日仏租税条約を確認することが重要です。
日仏租税条約第4条は、段階的に「恒久的な住居」、「常用の住居」、「国籍」その他によって、居住者判定を行うことを定めていますが、少なくとも報道からは「恒久的な住居」あるいは「常用の住居」はフランスにあったと推測されますので、フランスの居住者、日本では非居住者と考えて問題ないでしょう(ちなみにゴーン氏は、フランス以外にもレバノンやブラジルの国籍を有しているようです)。
日本の所得税法では、居住者に対する課税の範囲は「すべての所得」(すなわち全世界所得)である一方、ゴーン氏のような非居住者に対する課税の範囲を、「国内源泉所得」と限定しています。そこでゴーン氏の場合、日産から得た役員報酬が国内源泉所得に該当することになります。
ではゴーン氏が日産から得た役員報酬について、日本はいくらの税金を徴収できるかということですが、結論を先に言うと、各年の報酬に対して20.42%の所得税(と復興所得税)を、源泉徴収することになります。
日仏租税条約第16条の条文に今回のケースを重ね合わせてみると、「一方の締約国の居住者(フランスの居住者であるゴーン氏)が他方の締約国の居住者である法人(日本の日産)の役員の資格で取得する役員報酬その他これに類する支払金に対しては、当該他方の締約国(日本)において租税を課することができる。」と読むことができますので、ゴーン氏が日産から得た役員報酬に対する課税権は日本にあるという結論が導きだされます。
しかし日仏租税条約では、その課税方法や税率等については規定していません。
そこで所得税法に戻ってみますと、非居住者の役員報酬については、20.42%の分離課税により税額を納付すると規定されています。
つまり、役員報酬の支払時に、所得税法上の源泉徴収義務者である日産が、税額相当の金額をゴーン氏に支払うべき役員報酬から控除して預り国に納付することで、ゴーン氏と日本との間の課税関係は終了します。ここが、今回の事件が通常の脱税事件とは大きく異なるところです。
②日産の源泉徴収義務
では、上述の源泉徴収義務を日産はどこまで果たしていたのでしょうか。
源泉徴収は、実際に報酬を「支払う」際に行われます。
仮に有価証券報告書に記載された役員報酬額を、税務においてもゴーン氏の役員報酬額として処理しており、実際にはそれ以上の報酬を既に支払っていたとしたら、過去に源泉徴収を行い国に納付された源泉徴収額は、本来納付すべき税額よりもおおいに少ないことになります。
この場合未納分については、日産が追加で国に対して納付を行うこととなりますが、その際には延滞税はもちろんのこと、不納付加算税も課される可能性があります。
もちろん源泉徴収は、ゴーン氏に対する報酬から税額相当額を日産が預かり、国に納付するものですから、日産が追加納付した税額については、ゴーン氏に対する日産の金銭債権として、ゴーン氏に請求することができます。しかしそれは、会社と個人のレベルの問題であり、国としては日産から源泉徴収税相当額(+延滞税等)の納付を受けることで課税関係が終了します。
③フリンジベネフィット(経済的利益)に対する課税
ゴーン氏は、日産が子会社に対して賃料を支払うことで賃借した海外の不動産を、無償で利用していたと報道されています。また、結婚式の費用等についても日産が負担していたといいます。
先の役員報酬の件も含めて、こうした拠出が日産内部でどのように会計処理されていたのかはわかりませんが、不動産の無償利用や会社による個人的支出の負担は、「経済的利益の供与」として、税務上は役員報酬の一部として処理され、源泉徴収の対象となるのが通常です。
いずれにしても、日産内部の会計処理には謎が多いようです。
今回の事件を税務面で考えれば、日本国内よりも、ゴーン氏が居住者であるフランスでどのような申告が行われていたかという点が注目されます。仮に日本の有価証券報告書に記載された金額をもとにフランスで所得税の申告が行われていたとすれば、それこそ大きな脱税事案となるはずです。
一方で、フランス政府が大株主であるルノーとそのルノーが大株主である日産という関係の中で、両者の経営統合を望むフランス政府が、(表現は悪くて恐縮ですが)「カルロス・ゴーンは使える」と判断すれば、行政処分もある程度穏やかなものにとどまるのかもしれません。
仮に将来、ルノーと日産(そして三菱)の経営統合が行われた場合、日本にとっては貴重な国内の技術や知的財産といった無形資産が国外に流出することが懸念されます。
税務上は無形資産の移転価格として適正か否かという金銭的な側面で処理されることになるでしょうが、国益という点で考えれば、移転対価として「高い安い」だけの問題ではないでしょう。このことの方が、今回の事件よりもはるかに深刻な問題になるのではないかと、今から心配しているところです。
「がんばれ、日産!」